2024年4月26~28日にガールズケイリンのナイターGⅠ「第2回オールガールズクラシック」を控える久留米競輪場が熱い!児玉碧衣は地元GⅠの戦いを前に何を思っているのか。ガールズケイリンをけん引し続けるトップレーサーの深く清らかな心がある。

 ――2023年を振り返って

 児玉碧衣(以下、碧衣)22年12月のガールズグランプリ(平塚)の落車で鎖骨を骨折してのスタートでした。地元の久留米で復帰したかったので、早いと思ったけど1月久留米で復帰しましたが、やっぱり早かったですね。

 ――苦しい時期が続いた

 碧衣 なかなか戻り切らない中で、3月別府ガールズケイリンコレクションが終わって小田原を走った後に鎖骨のワイヤを抜いたら、そこから体が軽くなって、ようやく落車前の感覚に戻ることができました。

 ――6月には岸和田でガールズケイリン初となるGⅠパールカップが控えていた

 碧衣 別府から4場所連続で完全優勝して、岸和田パールカップの優勝。ガールズの初めてのGⅠで優勝できたのはすごくうれしかったし、その時点でガールズグランプリの権利を得ることができたのは精神的にかなりプラスになりました。その後のビッグで絶対に勝たなきゃいけないっていうプレッシャーがないのは気持ち的に楽でしたね。ただ、その半面、気持ちの緩みというか、マイナスの部分も同時に感じてはいました。

 ――マイナスの部分

 碧衣 競輪祭では、絶対勝たなきゃっていう人との熱量の差が結果に出たような気もします。そこの部分では、いい経験ができたのは大きいですね。今後もそんな状況になれば、経験を生かしたいです。

 ――9月には腰痛が出た

 碧衣 腰痛は初めての経験でした。はっきりとは分からないけど、23年は鎖骨を骨折したことで、体のバランスが崩れてしまった部分はあったと思うし、それが原因のひとつとしてあるのかなと思います。師匠(藤田剣次)や私のフォームをずっと見ている方から「これまでと沈み込む形が違う」と指摘されましたし、意識しないうちに、ゆがみが出て腰にきたのかもしれません。これまで、体のケアについてはあまり考えてなくて、マッサージも年に1回ぐらいしかしてなかったんですが、私ももう28歳ですし、これからはもう少し体のメンテナンスを考えてやっていかなきゃと思いました。

 ――7年連続オールスターファン投票1位について

 碧衣 私って、最初にエントリーされた16年が2位(1位は高木真備)で、その次の年から7年連続ですからね。自分でも何でかなって思ってます。特に23年は落車明けで年初はインパクトのあるレースができなかったのに、何でって…。選んでくださったファンには感謝のひと言です。

 ――毎年、本当にうれしそう

 碧衣 私って、褒められたら伸びるタイプなんで、そこは正直うれしいです。まあ、意外とスター性があるんですかね? いや、冗談です(笑い)。

 ――GⅠ創設について

 碧衣 23年はガールズケイリンにとって大きな年になったと思います。10年たって、やっと認知されてGⅠレースが新設されたし、さあ、ここからだって、感じています。

 ――さあ、地元の久留米でオールガールズクラシック開催!

 碧衣 久留米でオールガールズクラシックの開催が決まった、と聞いた時は、はっきり言ってびっくりしたし、それ以上にうれしかったですね。まだ先の話ですが、頭の中にきっちり入ってます。

 ――地元は別

 碧衣 久留米でこんな大きな大会は、この先、そんなにはないだろうからですね。小倉競輪祭も福岡で地元なんで気持ちは入るけど、久留米は特別です。いつも練習してるバンクで、それこそ何万周回も走ってるバンクですからね。もともと走りやすいバンクですが、やっぱり地元の選手のアドバンテージはあるかなと思います。

 ――意気込みも違う

 碧衣 大会連覇と地元Vのプレッシャーはありますが、頑張るしかないです。

 ――久留米“愛”も強い

 碧衣 久留米でひとり暮らしを始めて7年ぐらいになりますが、すごく住みやすい街ですよ。まず食べ物がおいしいし、いろんな面で利便性もあります。人情もいいですよ。優しい人ばかりです。あっ、そうそう、24年の大会に全国からガールズファンに久留米まで来ていただくために、私ができることって考えたら、久留米のおいしい物(店?)のベスト10を自分のユーチューブで紹介するのがいいかなって思ってるんです。ベスト10っていっても順位はつけないで、ですね。焼き鳥、豚骨ラーメン、焼き肉、なんでもありますから。

 ――その気持ちを久留米弁で、ぜひ

 碧衣 え~っ! 久留米弁って、よく分からんのですが「4月、久留米に来てくれん」でいいですかね。