127期、128期のルーキーを紹介する「Challenge! 新人競輪選手紹介」。今回登場の加藤駿(28=愛知)は8年間のサラリーマン生活を経て競輪界に身を投じた経歴の持つ。爽やかな風貌と受け答えの裏には、絶対にあきらめない執念と根性が宿っている。
もともとプロスポーツ選手には強い憧れを持っていた。子供の頃からトリッキング(蹴り技に宙返りなどを織り交ぜたアクロバティックな競技)に取り組むなどスポーツは大好きで運動神経も抜群。高校卒業後、研究職として企業に務めながらもスポーツ界への転身は頭の片隅にはあったが、自転車を生業にするとは加藤も想像すらしていなかった。
「家から10キロほど離れた高校に最初は自転車で通っていたけど、半年で心が折れてバス通学に切り替えたぐらいなので(苦笑)。それに競輪選手は高校や大学で競技をやっていた人が就くエリートの世界だと思っていましたから」
ところが、社会人5年目にボートレーサーを目指したところから運命の針が動き始める。試験は3回トライし、3次試験まで2度進むも不合格。そこで知り合った受験仲間から「君は競輪選手の方が向いているんじゃないか」と言われたことから競輪の世界を知り、その人の伝手で師匠の山田圭二とも出会った。
「でも、すでに結婚もしていて生活もある。自転車経験がなく仕事をしながら技能(自転車のタイム測定あり)での受験は厳しいから、狙うなら適性しかないと。運動能力には自信があったので」
減量を強いられるボートレースとは逆で、競輪選手になるにはパワーアップが求められる。仕事を続けながら週5でジムに通い体力強化に務め、一時は50キロ台まで絞った体を80キロにまで増量し、養成所には2回目の受験で合格。憧れのプロスポーツへの道を執念と根性でこじ開けた。
社会に出てから自転車に出合うまでに約7年を要したが「ムダな時間を過ごしたとは思わない」と言う。そして「この経験を同じような境遇の人たちに伝えることが使命」だとも感じている。
「競輪を知ったのだってボート受験3回目の時。あきらめないでやってきて、いろんな縁があったから今がある。僕のことを知って〝オレでもやれるんじゃないか〟って思ってもらえたらいいですね。それには自分が活躍しないと。皿屋豊(伊勢市役所から34歳でプロ転身)さんみたいになれたらいいなと思います」
本デビュー初戦の7月四日市でいきなり優勝を飾るなど昨年は3Vと上々の滑り出し。同期との対決が増えた最近は勝ち切れないシーンも目に付くが「実力相応」と現実を冷静に受け止めている。自転車経験はまだたったの2年。決してあきらめず、粘り強く、地に足を付けて力を蓄えていく。
Q&A
――オフは
加藤 社会人の時はよくスノボや釣りに行っていたけど、競輪選手を目指してから遊びに行かなくなりました。ケガしてもいけないので。家でワンコとたわむれることが多いですかね。
――好きな音楽は
加藤 UVERworld(ウーバーワールド)は中学からの大ファン。ボーカル(TAKUYA∞)が魅力的でアスリートばりにストイック。彼の考えが背中を押してくれて今があると思っています。
――奥さま(阿巳さん)について
加藤 僕の挑戦をずっと応援してくれています。悲しい時は一緒に泣いて、養成所に合格した時は僕以上に喜んでくれた。選手になって少しは安心してもらえたかな。
――初めての賞金は
加藤 妻と食事に行きました。
☆かとう・しゅん 1997年9月20日生まれ、愛知県出身。175センチ、80キロ。名古屋市立工業高卒業後は日本ガイシ(現NGK)に研究職として8年間勤務。師匠は山田圭二(70期)。家族は妻・阿巳(あみ)さん。