129期、130期のルーキーを取り上げる「Challenge! 新人競輪選手紹介」。今回は2度の大きな挫折を乗り越え、念願の競輪選手になった林欣司(28=岐阜)の素顔に迫った。
最初の挫折は中学3年の時。小学生から続けていたレーシングカートは全日本カート選手権に出場するほどの腕前で将来もその道を目指していた。しかし、競技を続けるには多額の費用がかかる。
「結果を残してスポンサーが付かないことには厳しい世界。中3最後のレースで結果を出せれば高校でも…」と進退を懸けて臨んだ大会は、予選を上位で通過。だが、決勝でまさかのエンジントラブルに見舞われた。
「最後の最後でエンジンがかからず、終わってしまいました。これでもうカートができなくなると、めっちゃ泣きました」
ほどなくして、失意の林に転機が訪れた。山口富生(68期)との出会いだ。
「知り合いのクルマ屋さんのお客さんが富生さんで、競輪がどんな仕事か、話を聞かせてもらう機会がありました。しかも旧車のポルシェで来られていて、競輪選手になればこんなカッコいい車に乗れるのかって」
憧れを胸に、名門・岐南工業高校で自転車競技を始めると、卒業後は朝日大に進む。しかし、3年時に指導者と折り合わず退部。これが2度目の挫折だった。
「自転車部をやめても、親には学費や寮費を出してもらっていたので」と、卒業後は就職。高校の実習助手として2年間働いた。
それでも、心は正直だった。「ずっとモヤモヤしていたし、試験をけてダメなら諦めが付いたけど、受けてさえいなかったので」。滝本幸正や森本桂太郎(ともに121期)ら同級生がどんどん競輪選手になる姿に刺激を受け、仕事を辞めて一念発起。2度目の試験で競輪選手養成所に合格した。
遠回りした分、年齢への不安もあったが、神山雄一郎所長からは「『そんなこと気にするな。練習しかないんだ。歳がどうとか不安とか、全部練習して強くなれば解決するから』と言われたのがすごく印象的でした」
5月のルーキーシリーズでデビューしたが、結果は振るわず、本デビュー初戦の7月京王閣でも同期6人のうち、ただ1人予選で敗れ「その夜は寝られなくて。悪い想像をして布団の中で汗だくになって…」と不安は募るばかりだった。
それでも「それこそ練習しかないので、練習を頑張っていたらマシになってきました」と奮起の甲斐あり、近況はコンスタントに決勝進出を果たすようになった。新たな目標も生まれた。
「地元のナイターを走った時に声援をもらって、地元っていいなと。山口拳矢さんや岩井芯が優勝した時の盛り上がりもすごくて。いつか地元記念で活躍したい」。
その夢をつかむため、これからもひたすら脚を磨いていく。
Q&A
――目標の選手は
林 ひとつ年上の栗山和樹さんです。高校も大学も一緒で何をやっても栗山さんは強かったし、ずっと追いかけている先輩です。お互い就職してから自転車に戻ってきたところも身近に感じています。
――趣味は
林 コーヒーを入れることぐらいですかね。余裕が出てくれば、バイクやスノボも再開したいけど、今はとにかく自転車です!
☆はやし・きんじ 1998年7月11日生まれ、岐阜県出身。178センチ、83キロ。師匠は柴田祐也(94期)。