127期、128期のルーキーを紹介する「Challenge! 新人競輪選手紹介」。今回は大分県津久見市から初めて誕生した競輪選手、山本康旗(25=大分)を取り上げる。

 幼少期に別府競輪場で感じた熱気が原点。野球で培った粘り強さと多くの縁に支えられながらプロの道へとたどり着いた信念の男だ。

 3歳のころ競輪好きの父親と訪れた競輪場は幼心に独特な雰囲気があり「心の中ではいずれは選手を目指すのだろうな」と漠然と思っていたという。色濃く残る記憶は大竹慎吾が1着を取ったシーン。

 赤のユニホームを身にまとった地元の大豪が大歓声に包まれる姿が印象的だったという。「小野(俊之)さんや大塚(健一郎)さんと撮ってもらった写真も残っています」と〝別府競輪の男たち〟を地で行く幼少期だった。

 小学2年から打ち込んだ野球では甲子園出場の夢こそかなわなかったものの大学まで続け、最後はコーチとしてチームを支えた。そんな経験が人間的な土台を築いた。

「3年で引退してもうやり切ったな、と。これからは競輪選手を目指して打ち込もうと思った。でも、お世話になった監督へ恩返しがしたかったんです」と、寮にワットバイクを持ち込み選手を目指した。

 養成所は3回目の試験で合格。道のりは平坦ではなかったが、師匠の安東英博(87期)との出会いをはじめ多くの人の縁に恵まれ支えられながら前進してきた。

 安東との縁もそうだ。ある日、山本の父が別府の飲食店でたまたま隣り合わせた三槻智清(48=佐賀)と意気投合し、地元の選手を、と紹介されたのが安東だった。面白いのはそれからで、父と安東の波長が合い一緒に飲み歩く仲になったという。

「津久見出身の競輪選手は自分が初めてなのですが、はるか昔に選手を目指していた方がいたそうです。その人のお兄さんがやっているスナックに偶然、父と英(英博)さんが行ったそうで。いろいろとつながるんです(笑い)」

 多くの弟子が集う安東一門は酒好きの師匠のもと大分一の繁華街「都町」を散策するのが日課。山本もおおらかな安東のもと、ノビノビと過ごしている。「選手になれたことでまず英さんに恩返しができました。これからですね」。

「恩返し」という言葉を何度も口にする姿に、その歩みの本質が表れる。

「人生の一番の目標は人として成長すること」との言葉通り、山本の競輪人生は結果だけにとらわれず姿勢そのものが問われる道だ。津久見市初の競輪選手として背負う期待を力に変えて、一走一走を大事に戦っていく。

【Q&A】
 ――アフロヘアはインパクトがある

 山本 これ、天然なんですよ。小学校から大学までは野球をしていたのでほぼほぼ坊主でした。そのあと伸ばしだしたらこんな髪形になって。伸び初めの頃は「わかめ」だの「鳥の巣」だの呼ばれていました(笑い)。

 ――趣味は

 山本 音楽鑑賞ですね。Vaundyのライブのチケットが当たったので2月に行ってきます。その人もアフロっぽい髪形で地毛なんです。それまで自分も伸ばし続けます。

 ☆やまもと・こうき 2000年7月8日生まれ、大分県出身。175センチ、81キロ。小学2年から野球に打ち込み名門・津久見高校から九州共立大学へ進学。2025年7月佐世保で本デビューを果たした。